学費(大学、留学の費用)の支出は特別受益ですか?
目次
A 学費の支出が扶養義務の範囲を超える贈与とみなされれば特別受益となります。
1 生計の資本としての贈与か、扶養義務の範囲内かが問題になる
高校卒業後の大学、留学などの学費の支出が特別受益にあたるかは、しばしば争われる争点です。
一般には、学費の支出が扶養義務の範囲内であれば特別受益ではなく、扶養義務の範囲を超える贈与とみなされれば特別受益となります。
公表されている裁判例では、学費の支出を特別受益と認めるものが少ないです。
特に大学の費用は、大学進学率が50%を超え、大学院進学も珍しくない昨今の情勢からして、子の能力に応じた扶養義務の履行であり、特別受益ではないと判断されやすいでしょう。
2 特別受益となるか否かの判断要素
学費が特別受益となるか否かは、次のような要素が考慮されます。
①被相続人の収入・社会的地位
たとえば被相続人が開業医である場合、子を医師にするために相当な学費を援助したとしても特別受益と認められづらいでしょう。
②費用の金額の大きさ
③他の子供達との公平
3 学費と特別受益の裁判例
(1) 特別受益だと認めた裁判例
①札幌高裁決定平成14年4月26日 特別受益を肯定
長男は昭和40年4月に大学に進学し、昭和44年3月に卒業したところ、入学金・授業料・下宿代を含む生活費を被相続人夫婦が負担したという事案です。長女は、中学を卒業した後、実家の農業に従事し続けていたこと、次女は、長男の大学生時代に実家への援助として当時の給与の月額1万9800円のうち1万円を渡していたなどの事情が考慮され、特別受益になることを認めました。
②東京高裁決定平成17年10月27日 特別受益を肯定
開業医だった被相続人の歯科医の子の学費について特別受益を認めました。
受益者の子の通学状況と特別受益の額は次のとおりでした。
(通学状況)
昭和51年4月 高校に入学 1年で中退後に別の高校に入学
昭和55年3月 高校を卒業 予備校に通うも、大学受験に失敗し3浪する
昭和58年4月 大学入学 本来6年間のところ留年で5年間余計に在学
平成6年3月 大学卒業 国家試験予備校に通うも歯科医師国家試験に2年続けて不合格
平成8年4月 歯科医師免許取得
(特別受益額)
大学受験予備校 192万円
大学受験料(3年分) 64万円
大学授業料(5年分) 850万円
大学生活費(5年分) 720万円
国家試験予備校 380万円
国家試験受験中の生活費(2年分) 288万円
(合計2494万円)
以上を特別受益と認める一方で、高校留年中1年間及び大学受験浪人中3年間の生活費については「高校を卒業するのに4年を要し歯科大学合格のために3年程度を要することは一般にありうることであり、被相続人が開業医であったことを考慮すると、その間の生活費の負担は扶養義務の範囲というべきであり」特別受益に当たらないと判断しました。
(2) 特別受益にあたらないと判断した裁判例
①名古屋高裁決定 令和元年5月17日 特別受益を否定
被相続人の長女に対する2年間の大学院生活や、その後の10年間に及び海外留学生活に対する被相続人の費用負担について、特別受益には当たらないと判断しました。
裁判所は、学費、留学費用等の教育費は、被相続人の生前の資産状況、社会的地位に照らし、子に高等教育を受けさせることが扶養の一部と認められる場合には、特別受益に当たらないと述べ、次の点を考慮して特別受益であることを否定しました。
ア 被相続人一家は教育水準が高く、能力に応じて高度の教育を受けることが特別でなかったこと
イ 長女が学者、通訳者または翻訳者として成長するために相当な時間と費用を費やすことを被相続人が許容していたこと
ウ 長女が相当額を返還していること
エ 被相続人が長女に、援助した費用の清算や返済を求めた形跡がないこと
オ 長男やその妻に対しても、宝飾品、金銭等を贈与していたこと
カ 長男も4年生大学に進学し、在学期間中に短期留学していること
キ 被相続人が長女のために支出した大学院の学費や留学費用の額(長男の主張では3800万円以上、長女は水増ししていると主張)と被相続人の遺産の規模(評価額は1億3076万円)
②大阪高裁決定 平成19年12月6日 特別受益を否定
被相続人の長男が、昭和19年の中学入学から昭和29年の大学卒業までの間、約10年間が下宿生活を送ったという事案です。被相続人の4女は、長男には、学費合計765万円及び下宿費1000万円の特別受益があると主張し、また、他の姉妹も師範学校等を卒業したり短大を卒業したりしているけれど、教育費の支出に歴然たる差があると主張していました。
これに対し裁判所は「被相続人の子供らが、大学や師範学校等、当時としては高等教育と評価できる教育を受けていく中で、子供の個人差その他の事情により、公立・私立等が分かれ、その費用に差が生じることがあるとしても、通常、親の子に対する扶養の一内容として支出されるものであり、遺産の先渡しとしての趣旨を含まないものと認識するのが一般であり、仮に、特別受益と評価しうるとしても、特段の事情のない限り、被相続人の持戻し免除の意思が推定されるものというべきである」と判示し、特別受益として計算することを否定しました。
③京都地裁判決 平成10年9月11日 特別受益を否定
被相続人は開業医で、3人の子のうち長男だけが医学部に進学した事案です。長男は学費として2300万円以上の贈与を受けていたことを認めていましたが、裁判所は
ア 長男のみが医学教育を受けているとはいえ、長女及び次女も大学教育を受けていること
イ 被相続人は開業医であり長男による家業の承継を望んでいたこと
ウ 被相続人の生前の資産収入及び家庭環境
を考慮し、被相続人が扶養の当然の延長ないしこれに準ずるものとして特別受益を否定しました。